| 「こころと経済」 妙木浩之 著 |
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心理学者の目に映る経済の風景 |
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| <評者>森永卓郎(三和総合研究所主席研究員) | |
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| バブル経済の時代になぜ人々が狂奔したのか、そのバブルの時よりも大きな所得を抱える現在、なぜ人々は一向に消費をしようとしないのか。いまわれ割れが生きている経済には、一般経済学だけでは十分に説明できない「心理」要因が大きく関与していることは事実であろう。 経済学の枠組みに心理学的要素を取り入れようとする取り組みは、ティーボール・シトフスキー「人間の喜びと経済的価値」(斎藤精一朗 訳、日本経済新聞社、 1979年)が知られているが、本書はシトフスキーの文献とは逆に、心理学の世界を経済の分野に拡張しようとする試みである。 ですます調で書かれている本書は一見とりつきやすい印象を与えるが、決して大衆向けの読み物ではなく、むしろ口語体で書かれた「論文」に近い。したがって本書を読みこなすことは一般の経済学徒にはかなりの困難を伴うのではないかと思う。実際、私はかなり丁寧に読み込んだつもりだが、著者の主張の半分も理解していないのではないだろうかという不安を抱えている。心理学のバックグラウンドを持っていないからだ。 しかし、そうした厳しい制約のなかでも著者の議論には、「そういう考え方もあったのか」と納得させられる部分が多くある。 まず著者は、ものとこころは交流の表裏で、経済活動=心理現象であると断言する。例えばプレゼントを与えるという経済活動をすると、貰った方は「負い目」を感じる。所得の再配分をお上が行うとそこには「権威」が生まれるといったように、経済活動の裏には必ず心理現象が伴うと著者は言うのだ。 別に300円払ってトイレットペーパーを買っても、心理面の変化はないから、全ての取引がそうだとは思わないが、情報化の進展や知的想像社への移行に伴って、そういう取引が増えていることは確かだろう。ただ、著者のすごいところは、経済現象のすべてを心理学の土俵に乗せようとするところである。それはシカゴ学派が嫉妬や結婚や喫煙など全ての社会行動を経済学の枠組みに乗せようとしているのに似ている。著者の取り組みの全てを短い紙幅の中で紹介するのはとても無理だが、私が一晩興味深く思ったのは、分裂病の世界没落感が思ってもみなかった時に突然起こることになぞらえて、「誰もバブルだと思わなくなったとき、バブルははじける」という原理を主張していることである。 政府や企業やマスコミの全てがITを熱く語りだした今こそ、ITバブル崩壊の条件が揃った時かも知れない。 |
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| 「日本経済研究センター会報 2000.7.15」 より引用させていただきました。 | |
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