不況克服へ「心の戦略」 |
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「やり方次第で儲かる」認識で 世界に向け「情報戦」を |
| 今日の不況を心理か急く的に語るには、「不安」という言葉が一番ふさわしいのではないかと思います。先行きの不透明感という言い方が経済現象でよく使われるのですが、でももともと未来なんて不透明で当然です。不透明でも「どうにかなるさ」という気持ちになれないのは「不安が支配しているから、つまり社会全体の今までの前提、基盤が疑わしくなっているのです。良くないことにこの一年でこの感覚はますます強まってきて、消費面でも生産面でも、生活保障面でも、あるいは設備投資面てせもそうなのです。 * 日本が1940年頃から一貫して保ってきた社会経済状況というのは、「庇護社会」と呼んでも良いものです。この社会「お上」が企業を、企業が労働者を庇護してきました。福利厚生、年金などの社会保障、あるいは将来設計にいたるまで日本では公務員、あるいはサラリーマンでいることが一番社会から庇護され、安心できる社会だったのですす。ここで発生する信頼、「信用」がとても大きな基盤になっていました。実際、今までの日本の犯罪率、家族など、どの面をとっても非常に安心できる社会でした。「甘え」がキーワードになる社会だったのです。でもどうもこの前提、社会経済的な枠組みが揺らいでいる感覚が、そして将来さらに悪くなるという感覚が今日の「不安」をもたらしています。もの、土地が安くなっているのに、それに手を出す気になれないのです。背景には「お上」は多額の借金を抱えていて、さらにお金を湯水のように使おうとしている(これは病的ではないか)、年金システムや社会保障が将来にわたって現状維持できない(野垂れ死にするかもしれない)、土地は持っていれば安心だとか、苦労しても持っているべきものではない(持っていれば安心なものなんてない)、 会社今まで通りに社員を長年にわたって保護してくれるわけではない(努力の奉公に見返りなし)銀行は潰れないとは限らないし、そんなに簡単にお金を貸してくれない(信用できる管理人はいない)、しかも最も国民に人気のなかった小渕氏が首相になるように、政権は国民の声を聞くつもりがない(苦しさは誰も分かってくれない)という気持ちがあります。* 言い換えれば、今後の社会派政府が行う公共事業への投資、公的資金の運用も、企業が行う先行投資による資金の運用、長期の雇用慣行も、個人が行う貯蓄と土地の所有、将来設計も今まで通りにはうまく行かない。そう感じているのです。ここには個人とそれを支える社会の間で信用できない、「だめだ」という感覚がもたらす神経症的な悪循環が起きています。庇護感覚は着実に失われつつあるのです。政府は「お上」と金融機関の間の問題である不良債権を処理していけば社会が上向きになると考えているようですが、それは必要最小限のことであって、それだけで悪循環が断ち切れるわけでもないのです。心的な失われたものがあるなら、そこから得られるものが見えてこないことには、悪循環は断ち切れないのです。 もし失われていくのが庇護感覚だとすれば、庇護されない個人主義的な状態で得られるもの、その心理的なポジションが見えてこないと「信用」や「安心」は回復しないはずです。 * ご存知のように、今日社会経済状況の枠組みが大きく変化している背景には金融を中心とした激変があります。そもそもグローバル・マネーの世界が肥大化した歴史はここ十数年。アメリカが一方的に固定相場制を放棄、プラザ合意、そして今日までの国際的なマネー経済の世界は微妙な橋を渡ってきました。 ある種の基準があると分かりやすい。家庭の中でも意見が統一されていたり、これだけは守るという基準があると安定します。でもそれを取り払った変動相場制は、変項であるお金をそのお金の基準で、という再現のないクラインの壷状態の世界です。そして変動する差益を使ってカジノ資本主義は成り立っていますから、この世界は「もの」から切り離され、たぶん心理的な要素に左右される情報戦によって成り立っているのです。ヘッジ・ファンドのように、ファンダメンタルをはるかに超えたお金が、懸念、予期によってやりとりされています。ここでは情報心理戦が不可欠で、リスク・マネージメントなよって「信用」や「安心」を維持する世界なのです。今日本が直面している「不安」から抜け出すには、この心理的なポジション、そこから得られる利益の、やり方次第では儲かるという認識が不可欠です。 もともとプラザ合意すら、アメリカの戦略的な勝利で、日本のバブル不況も政府の情報戦の敗北です。日米通商交渉だってそうです。そもそも庇護社会は、昔から個人主義と情報戦が苦手だったのです。でも今日、変動相場制が本当に良いのかどうかも含めて、日本は情報戦略の世界に向かって世界を開かざるをえない。心理戦で生き残る時代なのです。経済的な心の戦略が、これから求められているのです。 |
| 佐賀医科大学助教授・精神分析、臨床心理学 東京生まれ。著書に「父親崩壊」「夢の分析」(編著)「精神分析の現在」(同)など |
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夕刊 読売新聞(1998年9月30日)から引用しました |
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